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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)24号 判決

原告 日本レーヨン・コンサルタンツ株式会社

被告 東京国税局長

訴訟代理人 田中勝次郎 外五名

主文

1  原告の被告東京国税局長に対する訴えをいずれも却下する。

2  原告の被告芝税務署長に対する主位的請求および予備的請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

原告

1  被告東京国税局長に対し、「(一)被告東京国税局長が昭和三七年三月一日付東局直法審第七五号東協特第一〇〇号をもつて原告の昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の法人税更正処分に対する審査請求を棄却した決定は、これを取り消す。

(二) 被告芝税務署長が昭和三六年三月二五日付で原告の右事業年度分の法人税についてなした更正処分に係る所得金額九七、八八五、五〇〇円のうち一三、六八七、三八二円を超える部分は、これを取り消す。(三)訴訟費用は被告東京国税局長の負担とする。」との判決を求める。

2  被告芝税務署長に対し、主位的請求として、「(一)被告芝税務署長が昭和三九年二月二六日付で原告の昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度分の法人税についてなした再更正処分に係る所得金額一一五、五三一、四一七円のうち一七、六四五、八四〇円増額する部分および重加算税の賦課決定は、いずれもこれを取り消す。(二)訴訟費用は被告芝税務署長の負担とする。」との判決を求める。予備的請求として、「(一)被告が昭和三九年二月二六日付で原告の右事業年度の法人税についてなした右再更正処分のうち八八、七九四、一九二円を超える部分は、これを取り消す。(二)訴訟費用は被告芝税務署長の負担とする。」との判決を求める。

被告ら

1  被告東京国税局長

「(一)原告の同被告に対する各請求を棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

2  被告芝税務署長

「(一)原告の同被告に対する主位的請求、予備的請求をいずれも棄却する。(二)訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二請求の原因

一  原告は、訴外アメリカ合衆国ニユーヨーク州法人レイヨン・コンサルタンツ・インコーポレーテツド(以下「レイコン」という。)と訴外近江絹糸株式会社(以下「近江絹糸」という。)との間に一九五四年(昭和二九年)二月三日付で締結された近江絹糸加古川工場建設請負契約を実施するために設立された日本法人であつて、昭和三二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度についての申告からいわゆる青色申告法人の承認を受けている。

二  (被告芝税務署長の更正処分)

1  ところで、原告は、昭和三四年二月二八日、昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)分の法人税について、所得金額一二、七七一、〇〇〇円、法人税額三、六七三、二三〇円である旨の確定申告(以下「本件確定申告」という。)をしたところ、被告芝税務署長(以下「被告署長」という。)は、昭和三六年三月二五日芝法法特第四八四号をもつて、所得金額九七、八八五、五〇〇円、法人税額三六、三五二、九三〇円との更正(以下「本件更正」という。)をし、あわせて加算税一、六三三、九五〇円の賦課決定をし、右処分の通知書は、そのころ原告に送達された。

2  そこで、原告は、本件更正において後記賠償金見返経費金八四、一九八、一一八円が否認されたことを不服とし、所得金額一三、六八七、三〇〇円、法人税額四三、五七、六五〇円、加算税額三四、二〇〇円であるべき旨を主張して、昭和三六年四月二四日、被告東京国税局長(以下「被告局長」という。)に対し審査請求をしたところ、被告局長は、右審査請求を棄却する旨決定(以下「本件審査決定」という)をし、その通知書は、昭和三七年三月一四日原告に送達された。

三  (被告署長の再更正処分)

ところが、被告署長は、さらに昭和三九年二月二六日付をもつて原告の本件事業年度分の法人税について所得金額を一一五、五二一、四一七円、法人税額を四三、〇五八、三七〇円との再更正(以下「本件再更正」という。)をし、あわせて重加算税三、三五二、五〇〇円の賦課決定をし、右処分の通知書は、そのころ原告に送達された。

四  (処分の違法性)

1  本件更正は、つぎの理由により違法である。

(一) 被告署長が、本件確定申告中賠償金見返経費に充てるための末決算勘定八四、一九八、一一八円を否認したのは違法である。

(1)  原告は、一九五四年(昭和二九年)二月三日、近江絹糸との間に、兵庫県加古川市におけるステープルフアイバー(以下「スフ」という。)の生産設備(以下「プラント」という。)の建設に関する契約(プラントの建設ならびに技術導入を含む特殊の請負契約以下「本件契約」という。)を締結し、右プラントの建設を一応完了したので昭和三一年一一月五日ごろ仮りの引渡しをした。

(2)  ところで、近江絹糸は原告の工事施行内容が不完全であることを理由に一五五、八九二、九〇〇円の反対債権を有する旨の通告(以下「クレーム請求」という。)をし、原告は昭和三二年一月一八日右クレーム請求を受けたが、近江絹糸の右クレーム請求には同意できなかつたので、本件事業年度の決算にあたり、本件事業年度末までに工事代金として近江絹糸に対して請求した九八一、二五三、八八三円から当時まだ近江絹糸が承認していなかつた一九、九五五、七八三円および原告と近江絹糸とにおいて折衝の結果クレーム請求を認めて原告自ら請求を撤回した二、〇九九、九八二円を差し引いた九五九、一九八、一一八円を本件事業年度の売上金として計上したが、このうち近江絹糸からの末収金となつている八四、一九八、一一八円については、本件契約が前記のとおりプラントの建設ならびに技術導入を含む特殊な請負契約であるため契約上のプラントの建設完了だけでは原告の請負代金請求権は確定しないにかかわらず、近江絹糸からのクレーム請求額は請負代金支払債務の反対債権たる関係にあり、近江絹糸からの右クレーム請求額と相殺される懸念があるため、原告は請負代金請求額のうち本件事業年度末までに支払いを受けた八七五、〇〇〇、〇〇〇円のみにつき損益の額を計算し、残金はクレームの裁定をまつて本件契約による最終損益計算を行う趣旨で右未収金八四、一九八、一一八円を賠償金見返経費として右クレーム請求に引き当て、未決算勘定として経理し、本件確定申告をしたのである。

(3)  そして、原告は昭和三三年一〇月六日近江絹糸に対し前記未収金八四、一九八、一一八円と近江絹糸の未承認分一九、九五五、七八三円のうち原告が近江絹糸のクレーム請求を認めて請求を撤回した二、三〇九、九四一円を差し引いた一七、六四五、八四二円との合計額一〇一、八四三、九六〇円について、その支払いを求めるため社団法人国際商事仲裁協会商事仲裁裁判所(以下「仲裁裁判所」という。)に提訴したところ、仲裁裁判所は審理のうえ昭和三七年九月二七日近江絹糸のクレーム請求のうち九、〇九一、三〇八円を認めて原告の請求額と同額において相殺し、近江絹糸に対し金九二、七五二、六五二円の支払いを命ずる旨の裁決(以下「仲裁裁決」という。)をし、当事者双方においてこれを承認したので原告の近江絹糸に対する請負代金債権は、ここに確定した。

(4)  以上のように、本件事業年度末においては、本件契約にかかる請負代金債権は近江絹糸から前記のクレーム請求があり後日右クレーム請求に係る反対債権と相殺される危険性のある不確定債権であり、したがつて本件契約に基づく工事の損益も、また最終的には未確定であつたので、八四、一九八、一一八円を未決算勘定として経理したのであり、右の経理は、数事業年度にわたる長期請負の場合の損益の計算方式として企業会計上の原則としても一般に是認されている妥当な会計手続であり、法人税法上においても許容されているところである。

(5)  しかるに、被告署長は前記引渡しとともに一切の損益が確定したとの見解のもとに、原告の本件確定申告において、未決算勘定とした前記八四、一九八、一一八円を否認したが、右は会計原則ならびに法人税法を無視したもので違法である。

(二) 仮に、原告の右主張が失当であるとしても、近江絹糸の前記クレーム請求中、仲裁裁決によつて認められ、原告の請求額と対当額で相殺された前記九、〇九一、三〇八円は、原告が本件事業年度の売上金として当初計上し申告した九五九、一九八、一一八円から減額されるべきものである。したがつて、当初申告の売上金の総額九五九、一九八、一一八円の全額を被告署長において益金と認めたのは違法である。

2  本件再更正は、つぎの理由により違法である。

(一) (本件再更正等の期間徒過)

原告の誤認から申告を要する事業を失念したとしても、原告には本件確定申告にあたり課税標準または税額の計算の基礎となるべき事実を偽りその他不正の行為によりその全部または一部の税額を免れた事実はないから、被告署長には原告の本件事業年度の法人税申告期限最終日たる昭和三四年二月未日から三ヶ年を経過した後は国税通則法七〇条一項の規定によつて原告の本件事業年度分の法人税について再更正をなす権限はない。したがつて、本件再更正ならびに三、三五二、五〇〇円の重加算税を賦課したのは、法令(同法六八条、七〇条二項)の適用を誤つたもので違法である。

(二) (本件再更正の理由記載の不備)

原告は前記のとおり青色申告法人であるところ、被告署長が本件再更正の通知書に付記した理由はきわめて抽象的で、いかなる理由に基づいて発生した利益の申告を怠つたのか不明である。そもそも更正の通知書に理由を付記するのは、納税者に更正の内容を知悉させ、その処分を納得させることを趣旨とするものであるから、右の程度の理由の付記では法人税法(昭和二二年法律第二八号。昭和四〇年法律第三一号による改正前のもの。以下「法人税法」という)三二条の要件を具備していないというべきである。したがつて、本件再更正は違法である。

(三) (売上計上洩れ)

被告署長は、本件契約に係る本件事業年度の売上高を九八一、二五三、八八三円と認定して本件再更正を行つた。しかし、本件契約には、近江絹糸は一九五四年(昭和二九年)二月三日付契約による代金を支払うが、それ以外に原告が近江絹糸からの設計変更または契約上の債務履行にあたつて原告の責任において実施した追加設置についての対価等(以下「増加分」という。)については原告の請求によつて近江絹糸がその内容を検討し、その承認を得て初めて当事者間に債権関係が確定する旨が定められており、したがつて右増加分は、原告と近江絹糸との間に意見が一致することによつて確定債権となるのであつて、たとえ契約の目的に反しないかぎり近江絹糸に承認の義務があるとしてもその承諾がない間は単なる原告の一方的申入れにすぎないものであるのに、原告が近江絹糸に対し右の増加分を右二月三日付契約の代金九一〇、〇〇〇、〇〇〇円にあわせ九八一、二五三、八八三円として請求したため、被告署長がその全額を売上高であると認定したものである。

すなわち、原告は近江絹糸の労働争議等の事故によつて近江絹糸の土地買入、工場建物の建設が遅延したことによる建設資材の値上りおよび近江絹糸側の都合による設計変更のための製作費の増加、技術指導員の滞在費用等、右二月三日付契約締結後に発生した新たな事実につきその都度レターをもつて近江絹糸に対し代金額の割増方の請求を通告し、近江絹糸の同意を求め、その結果近江絹糸は、原告の第一レターによる請求分三二、四五九、四四〇円および第二レターによる請求分一八、八三八、六六〇円については、原告の申入れを承諾したが第三レターによる請求分一九、九五五、七八三円については本件事業年度末までに承諾をうるにいたらなかつた。そこで原告は、本件事業年度の決算に当つて、右承諾をうるにいたらなかつた一九、九五五、七八三円を除く合計九六一、二九八、一〇〇円から近江絹糸と折衝の結果原告において申入れを撤回した一、〇九九、九八二円を差し引いた九五九、一九八、一一八円を売上高として帳簿整理し、中間決算をしたのであつて、被告署長の主張するような再更正についての売上計上洩れはないのである。

第三被告らの本案前の主張

原告は本訴において本件再更正の取消しのみならず本件更正の取消しをも求めている。しかし更正と再更正とは別個の処分ではあるが、この両者はそれぞれ一体不可分な処分であつて、ある納税義務者のある年度分の所得がいくらであるかを認定するものであるから、再更正があつた場合には再更正は更正を吸収し再更正だけが争訟の対象となるものと解すべきである。すなわち、更正の後に再更正がなされた場合においては再更正の取消しを訴求すべきものであり、この再更正に対する争訟においてその不服の範囲が審理の対象となる(その不服の範囲が更正を上廻るものか下廻るものかを問わず、下廻る場合でもその不服の範囲が一体的に審理の対象となる。)のであつて、したがつて、再更正の取消しにあわせて更正の取消しを求める訴えは、不適法である。

第四請求の原因に対する被告らの答弁

一  請求の原因第一項の事実中、原告が青色申告法人であることは認め、その余は不知、同第二、第三項の事実はいずれも認める。

二  同第四項の事実中、原告が一九五四年(昭和二九年)二月三日、近江絹糸との間に本件契約を締結したこと、原告が昭和三一年一一月ごろ原告主張に係るプラントの引渡しをしたこと、近江絹糸が原告に対し一五五、八九二、九〇〇円のクレーム請求をしたこと、原告が本件事業年度末までに工事代金として近江絹糸に対し九八一、二五三、八八三円の請求をしたこと、および同日までに右のうち八七五、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたこと、原告が本件事業年度の決算にあたり、売上金として九五九、一九八、一一八円を計上したこと、右九五九、一九八、一一八円から支払いを受けた八七五、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額八四、一九八、一一八円を賠償金見返経費として経理したこと、ならびに原告が昭和三三年一〇月六日近江絹糸に対し一〇一、八四三、九六〇円の支払いを求めるため仲裁裁判所に提訴したところ同裁判所は昭和三七年九月二七日近江絹糸のクレーム請求のうち九、〇九一、三〇八円を認め、近江絹糸は原告に対し金九二、七五二、六五二円を支払うよう命ずる旨の裁決をし、同仲裁裁決が確定したことは認めるが、その余の事実および主張を争う。

第五被告らの主張

(一)  本件再更正にいたる経緯は、つぎのとおりである。

一、 (本件契約の売上高および原告の経理等について)

1 本件契約は上記のように一九五四年(昭和二九年)二月三日、原告、近江絹糸および新三菱重工業株式会社の三者間で締結された契約であるが、原告が近江絹糸に対し本件契約代金総額九八一、二五三、八八三円(一九五四年二月三日付当初契約書に基づく契約-以下「原始契約」という-の代金九一〇、〇〇〇、〇〇〇円、一九五四年一一月二四日付レター第五八号-以下「第一レター」という-による代金三二、四五九、四四〇円、一九五五年(昭和三〇年)六月二七日付レター第一二四号-以下「第二レター」という-による代金一八、八三八、六六〇円および一九五六年(昭和三一年)一二月一七日付レター第八五六号-以下「第三レター」という-による代金一九、九五五、七八三円の合計額)のうち、すでに支払を受けた八七五、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額について請求したところ、かえつて近江絹糸から原告の工事施行内容の不完全であることを理由に一五五、八九二、九〇〇円のクレーム請求を受けたので、原告は、右クレーム請求のうち近江絹糸との折衝の結果、クレーム請求を認めてその請求を撤回した四、四〇九、九二三円を差し引いた本件契約の未収金一〇一、八四三、九六〇円の支払を求めるため、昭和三三年一〇月六日仲裁裁判所に対し、「近江絹糸は、一九五四年二月三日付契約に基づき原告に対し未払勘定一〇一、八四三、九六〇円の債務を有すること、右の債務を一九五六年一月一日より完済にいたるまで法定遅延利息を付して支払うこと」を求める旨の仲裁裁決の申立てを行つた。これに対し、近江絹糸からも反訴請求が提起され、クレーム請求の額は、当初一五一、四八二、五二二円であつたが遂次増加して最終的には二九〇、三九八、四四八円に達するにいたつた。

仲裁裁判所は、原告の請求金額自体については両当事者間になんら粉争はなかつたのでもつぱら近江絹糸の反訴請求額につき検討した結果近江絹糸の請求金額中九、〇九一、三〇八円のみにつき理由あるものと認め、昭和三七年九月二七日、近江絹糸に対し、原告の請求金額一〇一、八四三、九六〇円から右九、〇九一、三〇八円を差し引いた残額九二、七五二、六五二円の支払いを命ずる仲裁裁決を行ない、右仲裁裁決は確定した。

2 ところで、原告は本件事業年度についての原告作成の決算書(貸借対照表および損益計算書をいう。以下同じ)において、本件契約に関する売上高総額を九八一、二五三、八八三円の一部である九五九、一九八、一一八円と計上し、近江絹糸のクレーム請求額一五五、八九二、九〇〇円を未決賠償金として貸借対照表負債の部に計上するとともに右未決賠償金のうち七一、六九四、七八二円を同表資産の部に計上し、右決算書を基として被告署長に対し所得金額一二、七七一、〇〇〇円、法人税額三、六七三、二三〇円である旨の本件事業年度分法人税の確定申告をした。

二、 (本件再更正にいたる経緯)

1 被告署長は、原告の本件契約の売上高につき仲裁手続が行なわれていることを考慮して本件事業年度の決算書に計上されている売上高総額九五九、一九八、一一八円については暫らくこれを不問にし、賠償金見返経費八四、一九八、一一八円(原告が本件事業年度の決算書の貸借対照表負債の部に計上した未決賠償金一五五、八九二、九〇〇円から同表資産の部に計上した未決賠償金七一、六九四、七八二円を控除した残額で、実質的には決算書に計上した売上高総額九五九、一九八、一一八円からすでに支払を受け前受金として計上している八七五、〇〇〇、〇〇〇円を控除した額)につき、右は本件事業年度末までに債務が確定せず損金とならないとの理由でこれを否認して所得に加算し、所得金額九七、八八五、五〇〇円、法人税額三六、三五二、九三〇円とする本件更正を行い、あわせて加算税一、六三三、九五〇円の賦課決定を行つた。

2 原告は、本件更正における賠償金見返経費金八四、一九八、一一八円が否認されたことを不服として、昭和三六年四月二四日、被告局長に対し、所得金額一三、六八七、三〇〇円、法人税額四、三五七、六五〇円、加算税三四、二〇〇円とすべき旨を主張して審査請求をしたところ、被告局長は、右審査請求を棄却する旨の決定をした。

3 ついで、被告署長は、原告が本件事業年度の決算書に計上した売上高総額九五九、一九八、一一八円について、昭和三九年二月二六日付をもつて、本来決算書に計上されるべきであつた真実の売上高総額九八一、二五三、八八三円と右決算書に計上した九五九、一九八、一一八円との差額二二、〇五五、七六五円から前述の仲裁裁決に先立ち原告が近江絹糸のクレーム請求を認めた額四、四〇九、九二三円を控除した残額一七、六四五、八四二円を更正処分にかかる所得金額に加算して、所得金額一一五、五三一、四一七円、法人税額四三、〇五八、三七〇円、との本件再更正を行い、あわせて加算税三、三五二、五〇〇円の賦課決定を行つた。すなわち、原告は、近江絹糸に対する売上げの請求額九六一、二九八、一〇〇円の一部である二、〇九九、九八二円についてその請求を撤回したと主張し、また第三レターによる申込額一九、九五五、七八三円については決算締切日までに近江絹糸の承諾を得るにいたらなかつたとも主張するが、そのような事実はなく、このことは、原告が右九六一、二九八、一〇〇円に第三レターによる追加請求額一九、九五五、七八三円を加えた九八一、二五三、八八三円(被告ら主張の売上高)を近江絹糸に対し請求し、近江絹糸のクレーム請求額のうち原告が承認した四、四〇九、九二三円を控除した額九七六、八四三、九六〇円から、すでに前受金として近江絹糸から受領していた八七五、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額一〇一、八四三、九六〇円について仲裁裁決の申立てをしたこと、および近江絹糸の会社帳簿(買掛金元帳)に本件事業年度の決算締切日以前である昭和三二年四月二六日においてすでに売上高九八一、二五三、八八三円からすでに前払金として支出していた八七五、〇〇〇、〇〇〇円を差し引いた残額一〇六、二五三、八八三円を買掛金として計上していることからも明らかである。

(二)  本件審査決定および本件再更正等は、つぎのとおり適法である。

一  (本件再更正等の期間徒過について)

1 原告は、さきにも述べたように本件契約の売上高総額を九五九、一九八、一一八円として、昭和三三年一月三一日にその備付帳簿に記帳し、また、本件事業年度の決算書にも右金額を計上した。そして、被告署長が右の売上高総額に二二、〇五五、七六五円の脱漏があることを発見したのは、原告に対する調査が行なわれて本件仲裁手続がなされていることが探知された結果によるものであつて、もし被告署長が本件仲裁手続の行なわれていることを知らなかつたならば、調査担当の係官は、調査中本件売上高総額の基礎となる契約関係について、原告からなんらの具体的資料の提示を受けることができなかつたのであるから、本件脱漏所得の把握は不可能であつたのである。したがつて、原告が真実の売上高総額を記帳しなかつたことは「隠ぺい又は仮装」(昭和三四年二月末日当時施行の法人税法四三条の二参照。)したところに基づき、確定申告をしたものにほかならないのであるから、重加算税を課せられてもやむをえないものというべきである。

2 また、重加算税の課税されるべき事件は、当然に国税通則法七〇条二項四号に該当すると解されるから、本件再更正および重加算税賦課決定が法定期間内になされた適法な処分であることは明らかである。

二  (本件再更正の理由付記について)

1 青色申告法人に対する更正(再更正)の理由付記の必要な程度については、最高裁判所昭和三八年五月三一日判決および同裁判所同年一二月二七日判決が抽象的な基準を判示している。しかし、更正の理由付記は、行政処分の慎重性、合理性を担保し、行政庁の恣意を抑制するとともに、不服申立ての便宜を与えることを目的としたものであり、結論にいたる経路を逐一証拠を摘示したうえで証拠に基づいて論理的説明をすることが要求されているわけではなく、帳簿書類について調査をつくしたうえで更正をすべきことを、理由付記の記載を要求することによつて手続上において担保しているものである。それゆえ、右抽象的な基準を具体的事案に適用するにあたつては、右立法の趣旨と目的に照らして適切な適用が考慮されるべきである。かかる観点からすれば、青色申告法人に対する更正につき必要とする理由付記の程度は、帳簿書類について調査をつくしたうえでその帳簿書類のうちのどこどこの記帳をなぜに否定したかが、被処分者との関係で具体的に明らかにされていれば足りるものというべきであり、前記最高裁判所判決が「帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して理由付記をするよう」にと判示していることは、右具体的な説示方法の一例を示しているものというべきである。

2 ところで、本件再更正の通知書には、更正の理由して、「加算 近江絹糸株式会社加古川工場スフ製造設備建設に伴う売上計上洩二二、〇五五、七六五円、除算 同上建設に伴う工事原価(近江絹糸負担にかかる改修費について日本レーコンの負担せる金額)の認定損四、四〇九、九二三円差引一七、六四五、八四二円」と記載してあるところ、原告は前述のように仲裁裁決において本件売上高総額を九八一、二五三、八八三円と主張し、他方本件事業年度の決算書には売上高総額を九五九、一九八、一一八円と計上しているのであるから本件再更正の理由として付記された上記の売上計上洩二二、〇五五、七六五円がいかなる意味をもつものであるかは一読して明らかであり、本件再更正の理由付記は、きわめて具体的であつて、原告に再更正の内容を知悉させ、その処分を納得せしめることにおいてなんら欠けているところはないから、本件再更正の理由付記について原告主張のような違法はない。

三  (賠償金見返経費の損金算入否認について)

1 本件契約に基づく原告の代金債権は、つぎのとおり契約代金総額九八一、二五三、八八三円である。

〈1〉 原始契約の代金九一〇、〇〇〇、〇〇〇円

〈2〉 第一レターによる契約の代金三二、四五九、四四〇円

〈3〉 第二レターによる契約の代金一八、八三八、六六〇円(原告は、第一レターおよび第二レターによる代金の追加支払分につきこれらのレターにおいて「以上の金額の妥当性を御検討のうえ、これにつき御承認をたまわりたく、この段お願い申し上げます。」と述べ、近江絹糸は、右の申出に対し、なんら異議なくこれを認承てしいる。)

〈4〉 第三レターによる契約の代金一九、九五五、七八三円(〈3〉の場合と同様、原告の申出を近江絹糸は異議なく承認している。)

2(一) ところで、本件事業年度の決算書には、つぎのような勘定科目の記載が存在していた。

〈1〉 貸借対照表

資産の部(流動資産)

未収金 六一、五四一、四四一円

未決賠償金 七一、六九四、七八二円

負債および資本の部(流動負債)

前受金 八七五、〇〇〇、〇〇〇円

未決賠償金 一五五、八九二、九〇〇円

〈2〉 損益計算書

損失の部

売上原価 八二六、九九九、〇〇〇円

賠償金見返経費 一五五、八九二、九〇〇円

利益の部

売上金額 九五九、一九八、一一八円

未決賠償金戻り 七一、六九四、七八二円

(二)  ところが、被告署長が右のような原告の決算書について調査したところ、つぎのような事実が判明した。

(1)  原告は、すでにプラントの試運転がすみ、引渡しを完了した後の昭和三三年一月三一日、前記売上高総額九八一、二五三、八八三円のうち九五九、一九八、一一八円だけを売上高総額として損益計算書に計上したものであること。

(2)  原告は、本件契約による工事代金のうち八七五、〇〇〇、〇〇〇円を昭和三二年二月一三日までに前後一三回にわたり前受金として収受していたので、昭和三三年一月三一日現在における未収工事代金一〇六、二五三、八八三円(前記売上高総額九八一、二五三、八八三円と前受金八七五、〇〇〇、〇〇〇円との差額)を近江絹糸に請求したところ、かえつて近江絹糸から機械設備の故障、不良等に基づくクレーム請求により暫定金額一五五、八九二、九〇〇円の反対債権を主張されたため、右クレーム請求額のうち、四、四〇九、九二三円のみを認容し、前記未収工事代金一〇六、二五三、八八三円から右四、四〇九、九二三円を控除した残額一〇一、八四三、九六〇円の支払いを求めて、近江絹糸を相手方とし昭和三三年一〇月六日、仲裁裁判所に仲裁裁決の申立てをなしたものであり、また右仲裁裁判には相手方近江絹糸からも前記クレームに基づく反訴の請求があわせ提起されたものであること。

(3)  前記決算書に計上された諸勘定の意味するところはつぎのとおりであること。

〈1〉 貸賃対照表において近江絹糸の暫定的なクレーム請求額一五五、八九二、九〇〇円を未決賠償金として負債の部に計上するとともに右未決賠償金額のうち七一、六九四、七八二円を資産の部に計上したのは、損益計算書における売上価額九五九、一九八、一一八円から前受金八七五、〇〇〇、〇〇〇円を控除した残額八四、一九八、一一八円を実質的な未決賠償金債務として記帳するためのものであつた(すなわち、負債の部の未決賠償金一五五、八九二、九〇〇円から資産の部の未決賠償金七一、六九四、七八二円を控除すれば、八四、一九八、一一八円となる)。

〈2〉 したがつて、損益計算においては、実質的に前記八四、一九八、一一八円を売上原価に加算して当期利益の算出を行なつたものである。

(三)  以上の調査結果に基づき、本件事業年度において原告が売上原価に加算した賠償金見返経費八四、一九八、一一八円は、債務としては全く確定していない近江絹糸のクレーム請求に基づく反対債権の、しかもそのうちの一部金額を全く便宜的に計上したものにほかならないことが判明したので、被告署長は、右賠償金見返経費を否認し、これを所得金額に加算したのである。

これを要するに、原告主張の賠償金見返経費は本件事業年度においては全く債務の確定していなかつたものであるから、これを経費として損金に認められないのは当然であり、かかる未確定債務は、その債務額が確定したときに、すなわち本件についていえば近江絹糸のクレーム請求額が確定したときに、確定した事業年度の損金として経理すべきものである。

四 (本件契約に関する売上金の計上時期について)

1  本件契約は、機械設備の売買契約とスフ製造に必要なノーハウを含む技術等の役務の提供に関する請争契約である。すなわち本件契約の原始契約は、一九五四年(昭和二九年)二月三日、原始、近江絹糸および新三菱重工業株式会社の三者間で締結された契約(前述のレターによる三個の契約はこれを補充するもの)であるが、右原始契約の文言を総合すると、一個の書面に記載されてはいるけれども、売買契約と請負契約との各別な契約関係を定めているものと解されるのであつて、売買に関する合意と役務の提供に関する合意とが渾然と融合して一種特別な契約関係(スフ生産工場一単位いわゆるプラントを供給するという契約関係)にわたつているものとみるべきではない。(仲裁裁判所もそのように判示している。)それゆえ、本件契約がプラント請負契約という特殊な契約であることを前提とし、右契約による代金債権の確定ならびに収益計上時期も通常の取扱いとは別個の原理に基づくものであるとする原告の主張は失当である。

2  したがつて、本件契約は実質的には物品の売買契約と役務の提供に関する請負契約と解すべきであるから、通常かような代金債権の税法上の収益計上時期は、特別に履行期限の定めがなされている場合を除き、前者にあつては、売買製約の効力発生の日の属する事業年度または商品製品等の引渡しの時を含む事業年度とすべきものであり、また、後者にあつては、その約した役務の全部を完了した日を含む事業年度とすべきものである。本件における売買契約に基づく物品の引渡しが行なわれ、かつ、本件における請負契約に関する役務の提供が完了して、本件契約の所期の目的である本件契約書第六章所定の商品性スフ一五メトリツクトンの日産状態に達したのは、昭和三三年(一九五八年)一月三一日ごろであつたのである。

そして、本件契約書第五章(A)項第五号によれば、計画工場がスフ日産一五メトリツクトンの生産を達成した後一〇日以内に近江絹糸は、一割五分の最終支払いをなすべきことが規定されているから、本件売上高総額九八一、二五三、八八三円の支払義務は遅くとも本件事業年度中に履行期限が到来し、本件契約による代金債権は本件事業年度中に収益計上時期に達したものと解すべきであつて、右は当然益金に計上すべきものである。したがつて、本件売上高総額の収益計上時期は本件事業年度であるとした被告署長の認定には、なんら違法の点はない。

3  原告はまた、賠償見返経費として計上した八四、一九八、一一八円(損益計算書の損失の部の賠償金見返経費一五五、八九二、九〇〇円から利益の部未決賠償金戻り七一、六九四、七八二円を控除した額)は近江絹糸においてその支払いに応ぜず係争中であつたのであるから、このようなクレーム請求がある売上債権は未確定債権として法人所得の計算上益金に計上すべきではなく、これを確定した年度まで繰延整理することは企業会計上の原則として一般に承認されているところであると主張するが、しかし、納税義務者は、法人所得の計算上、係争中の自己の債権の確定を裁判の確定するまでまつことはできないし、また、債務者から争われているという理由だけで直ちに債権者はこれを損金として控除することはできない。のみならず、原告の右主張は、およそ所得の計算は、一定の期間ごとにその期間内に属する益金および損金を計上すべしとするいわゆる期間計算の原則を無視するもので、企業会計上においても一般に認められていない。

なお、原告は前記のように本件事業年度分の決算書において、本件契約に関する売上高総額九八一、二五三、八八三円の一部九五九、一九八、一一八円を計上したが、原告が前記仲裁裁決の申立てを行なつたのは昭和三三年一〇月六日であるから、原告も本件事業年度の決算時における本件契約の売上高総額が九八一、二三五、八八三円であると認識していたことは明らかである。

五 (クレーム請求額について)

原告は近江絹糸のクレーム請求額は主文者の請負代金支払債務の反対債権として相殺の関係にあり、表裏一体の関係にたつものであると主張するが、しかし、もともと近江絹糸のクレーム請求額なるものは、原告においてその支払いの必要なしと認めたものであればこそ仲裁手続によつて争われたものであつたから、本件事業年度中においては、当該クレーム請求額は未確定のものであつたというべきである。したがつて近江絹糸のクレーム請求額は、未だ原告の債務としては確定していないからこれを損金に計上するに由ないものである。

もつとも、原告が本件事業年度において賠償見返経費として八四、一九八、一一八円を損金に計上したのは近江絹糸のクレーム請求額のうち右金額をもつて会計学上のいわゆる負債性引当金として処理した結果であるとも考えられるのであるが、しかし、法人税法は、負債性引当金についてその負債性の特に明らかなものを法定し(たとえば、退職給与引当金、特別修繕引当金等)一般的に未確定負債を引当金に見積り計上することを認めていないのであるから、この点から考えてみても本件賠償金見返経費八四、一九八、一一八円は本件事業年度の損金の性質を有しないものである。

第六被告の主張に対する原告の反論

一  (被告らの本案前の主張について)

原告の被告局長に対する訴えは、行政事件訴訟特例法に基づき提起したもので、被告局長が原告の審査請求を棄却した処分の取消しおよび被告署長の本件更正の取消しを求めるものであつてクレーム請求のある場合における契約代金請求権の確定に関する事案である。また、原告の被告署長に対する訴えは、被告署長の本件再更正の取消しを求めるものであつて、本件再更正によつて追加された所得金額が原告の本件事業年度における益金ではないことおよび本件再更正処分自体の瑕疵の存在を主張するものである。したがつて右の二個の訴えは、事案を異にしているから、結局においては原告が本件事業年度における所得金額の減額を主張しているとしても、それぞれに訴の利益がある。それゆえ被告らの主張するように、再更正が更正を吸収し、本件更正に対する訴えの利益が失われるというようなことはない。

二  (本件再更正等の期間徒過について)

本件再更正は本件事業年度分の法人税の確定申告書の提出期限の翌日から三年を経過した後に行われ、しかも重加算税が賦課決定されている。しかし、原告は、前記のように原告の代金請求額のうち一九、九五五、七八三円については本件事業年度中に近江絹糸の承諾をうるにいたらなかつたのでこれを未確定債権として本件事業年度の決算から除外し、昭和三七年九月二七日の仲裁裁決の確定をまち昭和三七年度分として別途申告をしたのであつて、これは正規の手続によるものであり、被告署長の主張するごとき隠ぺい、仮装によつて法人税の軽減を目的として故意に帳簿の記載を洩らしたものではない。被告署長は、本件契約の内容および、本件契約による債権の確定時期等判断の基礎となる資料の調査を怠つて事実を誤認しかえつて原告が、租税逋脱の目的で帳簿の記載をし、決算および申告をし、調査に当つて資料の提出を拒み、よつて調査を妨害したかのように主張するが、原告は、本件事業年度分の法人税について調査がなされる以前、すなわち本件事業年度についての当初申告にあたり、本件契約による代金の請求につき近江絹糸との間に紛争のあることを明らかにし、また、本件更正に対する審査請求書には仲裁裁決を求めている事実を記載し原告代理人とともに真実の解明に協力しているのであるから、被告署長が主張するように事実を自ら探知したものではなく、また被告署長において仲裁裁決の存在を知らなかつたらその主張する脱漏所得なるものの把握が不可能となるわけでもない。

被告署長の主張は、原告が租税逋脱の犯意によつて隠ぺい仮装したものとの結論に導くための牽強附会の主張であるといわなければならない。

三  (本件再更正通知書の理由付記について)

本件再更正通知書に付記された理由が被告ら主張のとおりであることは認める。通知書の理由付記について、被告らは更正の通知を受けたものが自己の主観的事情をもつて補足することによつて更正の理由が明らかになれば足りると主張するが、そもそも更正の通知書における理由付記は申告のいかなる点が法規に照らして不相当であるかについて、税務署長のした判断の基礎となつた事実を明らかにし、かつ法令の適用を示して行政処分の適法性を明確にした客観的明瞭性を具備していることを要するのであつて、このことは法人税法三二条の文理上あるいは行政処分のあつたことを被処分者に対し通知するということの有する一般的意味からみて当然といわなければならない。被告署長が本件再更正をなすに当たり原告の主観的内容を独断し、「原告に対しては、処分内容が納得せられる筈であるから、通知書としてなんら欠けるところはない」と主張するのは、独善的な見方であつて失当といわなければならない。

四  (本件契約の性質および原告の経理について)

1(1)  本件契約は、近江絹糸の指示する場所に商業品位のスフ日産一五メトリツクトンの最低限度能力を有し、後日日産六〇メトトリツクトンの生産可能までの拡張能力を有する生産設備を建設し、かつ、この生産に対し、必要な資料を提供すること、ならびに近江絹糸が単独で日産一五メトリツクトン以上の生産をなしうるまでの技術を供与することを内容とするいわゆる技術導入のためのプラントの請負契約という特殊の請負契約であり、設備機械の売買と設備の工事請負との混合契約とみるべきではない。仲裁裁判所は、レイコンと近江絹糸との当初の契約がアメリカ合衆国ニユーヨーク州法によつて締結され、その解釈、履行条件を同法に限定していたので本件契約を右ニユーヨーク州法に照らし売買と請負との両者から成る契約であるとして仲裁裁決をしたのであるが、しかし、日本法人たる原告が法人税法の施行地で実施した事業から生ずる損益を決定する場合の同法の適用にあたつては、前記のような解釈の限定または仲裁裁決に拘束されることなく、日本法により決せられるべきものである。

(2)  請負は、「当事者ノ一方カ或仕事ヲ完成スルコトヲ約シ相手方カ其仕事ノ結果ニ対シテ之ニ報酬ヲ与フルコトヲ約スルニ因リテ其効力ヲ生ス」る契約であるから、請負契約による請負者の請負代金債権は、請負者が単に工事を引き渡し、一方的に代金を請求してもこれにより確定するものではなく、相手方がその仕事の結果を検収しその報酬額として妥当なことを承認することによつて確定するものであり、したがつて、本件契約において報酬たる代金債権が確定するには、原告の近江絹糸に対するプラント建設工事の完了と引渡しだけでは足りないのであつて、原告が近江絹糸において商業品位のスフ日産一五メトリツクトン以上の生産技術を修得するまでの技術および資料の提供が完了することを要するのである。

ところで、原告が本件事業年度中に近江絹糸に引き渡したプラント建設工事について本件事業年度中に近江絹糸から多額のクレーム請求がなされたが、右クレーム請求は、その内容の大部分が原告のした工事内容に基因するものと見積られ、しかも本件契約に関する契約書(以下「本任契約書」という。)に定める「近江絹糸は原告のなした完全な履行に対してのみ契約代金を支払う義務を負う」との約定(第六章参照。)に基づきなされたものであるから、近江絹糸がクレーム請求の範囲内において原告の請求を否認していることを意味し、原告に対する損害賠償の請求として原告の代金債権との関係、相対立した二個の請求権の交錯があるのではない。それゆえ、近江絹糸からのクレーム請求によつて原告の契約の履行が瑕疵のあるものであつたかどうかの点について法律的解決を要することとなつていたのであり、原告の代金債権は当時者間に特段の合意があつて確定すればともかく、そうでない以上、未確定債権であつたといわなければならない。したがつて、本件契約においては、プラント建設工事の引渡しだけにより代金債権九五九、一九八、一一八円が確定し、クレーム請求権は損害賠償としてこれと別個に確定するものではなく、代金債権とクレーム請求とは表裏一体の法律関係に立つものである。仮に本件契約が売買の部分を含むとしても、瑕疵ある物品の引渡しとして、買主たる近江絹糸に代金減額請求権があるから、結果は全く同一である。

2  原告は以上の法理に基づいて、本件事業年度の決算書において本件契約に関する売上高九五九、一九八、一一八円を計上し、近江絹糸からのクレーム請求額一五五、八九二、九〇〇円を一応未決算債務として本件事業年度の決算書貸借対照表の負債の部に計上し、原告の請求額八四、一九八、一一八円との差額七一、六九四、七八二円をクレーム請求額の控除科目として反対表示するため同表資産の部に計上し、右決算書を基に本件事業年度分の法人税の確定申告をしたのであつて、未収金八四、一九八、一一八円については近江絹糸からのクレーム請求額がはるかにこれを超過していたので、クレーム確定の日まで未決算勘定とし、クレームの裁定をまつて本件契約による最終損益を確定申告する意思であつた。このような決算手続は商法二八五条ノ四第二項ならびに未実現利益は計上すべきではないという一般に認められた企業会計原則に照らしても是認せられている妥当な会計手続であり、かつ、担税力を基本とする法人税法上の総益金の解釈としても妥当なことである(当該事業年度に確定した担税を限度として、総益金を決定しなければならないことは、法人税法九条がその事業年度の総益金から総損金を控除すると規定しているところからみても当然のところである。法人税取扱通達第二章第三請負による損益第二の一二項参照。)。

3  被告署長は、本件契約を売買と請負との混合契約であると誤認し本件契約の代金債権は引渡しと同時に確定し近江絹糸のクレーム請求は代金債権とは別個に発生した損害賠償債務でその確定日を含む事業年度の総損金を構成するとして原告の右決算書の賠償金見返経費八四、一九八、二八円を否認し本件更正を行なつた。右は、原告にとつて仲裁裁決確定の事業年度までに生じた原告の費用を本件契約による利益から控除する機会を失なわしめるものであり、本件契約による原告の債権確定についての法理を無視し、担税力としての総益金が未確定であるのに法人税をあらかじめ徴収するものであるから、損益対応の原則を無視した不当の処分というべく法人税法九条一項の規定に違反するものである。なお、原告は、仲裁裁判所の仲裁裁決により、本件代金債権の確定した日を含む事業年度(昭和三七年)において清算した決算を行ない、これに基づいて本件契約による純利益八八、七八二、九三六円(当初申告分あわせ一〇一、五五三、九九〇円)を昭和三八年二月二八日付で申告したのである。そして右純利益からは、仲裁裁決の日を含む事業年度までの経過三事業年度に生じた欠損金合計約三、〇〇〇万円を法人税法九条五項の規定により補填することが認められるから原告が本件契約により得た純利益に対する課税標準修正金額は、五八、七八二、九三六円であるのに、被告署長は、引渡しの事業年度に本件契約による代金債権金額が確定したものと認定し、課税標準金額を一一五、五三一、四一七円と決定したため、前記欠損金約三、〇〇〇万円につき法人税法九条五項の適用を受けられず、原告は法人税法の認めない法人税を課せられた結果になつたのである。

第七〈証拠省略〉

理由

第一本件更正の取消しを求める訴について

一般に更正がなされた後にその更正に係る課税標準等および税額等を増加させる再更正(以下「増額再更正」という。)がなされた場合には、両者がそれぞれ別個の処分であることを否定することはできないからこれらの処分は、外形的にはなおそれぞれに処分として存在するものといわざるをえないが、増額再更正は当初の更正をそのままとして脱漏部分だけを追加するものではなく、再調査の結果判明した脱漏部分を加算して課税標準等および税額等を確認するものというべく、かかる性質有をする増額再更正が行われた場合には同じ課税標準等および税額等を確認する性質をする更正とは同一の課税年度において併存することは許されないから、更正があつた後にその更正につき増額再更正があつた場合には当初の更正は、増額再更正に吸収されて一体となり増額再更正の内容となるにいたり、独立の処分としての存在を失うと解するを相当とする(昭和四二年九月一九日最高三小、民集二一巻七号一八二八頁参照。なお、この場合においても、増額再更正がその固有の瑕疵のために取り消され、または無効である場合には増額再更正により加算された課税標準等または税額等の部分がその効力を失なうのみであつて、当初の更正に係る課税標準等および税額等はその効力を維持すると解すべきである)。

したがつて、増額再更正がなされた場合には、更正および増額再更正の手続上および内容上の一切の瑕疵はすべて増額再更正の取消しを求める訴においてできると解するを相当とするから当初の更正を独立の対象としてその取消しを求める訴の利益はないというべきである。それゆえ、本件更正の取消しを求める訴は対象を欠く不適法なものとして却下を免れない。

第二本件審査決定の取消しを求める訴について

更正につきなされた審査の請求に対する棄却の審査決定があつた後に当初の更正に係る課税標準等または税額等につき増額再更正がなされた場合には、審査の決定の取消しを求める利益は右取消しの結果審査の決定がなかつた状態にもどるにあるところ、前叙のとおり、更正がなされた後にその更正に係る課税標準等または税額等について増額再更正が行なわれた場合には、その更正の内容は再更正に吸収されて一体となり、更正は独立の処分としての存在意義を失い、これに対する審査の請求はその意味を失うにいたるから、上記の場合であることが明らかである本件においてはもはや本件審査決定の取消しを求める訴の利益はないといわなければならない。それゆえ、被告局長に対する審査の決定の取消しを求める訴は訴の利益がないものとして却下を免れない。

第三本件再更正の取消しを求める訴について

一  原告は本件再更正が国税通則法所定の更正期間を経過した日以後になされたもので違法であり、したがつて本件再更正に関してした重加算税の賦課決定も違法であると主張し、被告署長は、本件再更正は同法七〇条二項四号にいう「偽りその他不正の行為により税額を免れた場合」に該当するので同項により行つたものである旨主張するので、まず、この点について判断する。

1  本件再更正が国税通則法七〇条一項所定の更正期間を経過した後である昭和三九年二月二六日付でなされたものであること、原告が本件事業年度における本件契約に基づく売上高として金九五九、一九八、一一八円を計上し、うち八四、一九八、一一八円を賠償金見返経費として計上したこと、本件契約に関する売上高が、それぞれ原始契約の代金九一〇、〇〇〇、〇〇〇円、第一レターによる代金三二、四五九、四四〇円、第二レターによる代金一八、八三八、六六〇円であつたこと(原始契約、第一レターおよび第二レターにつき、第三の三4(一)参照)、原告が本件契約に関する売上高として本件事業年度の決算書に計上した九五九、一九八、一一八円は右各代金の合計額である九六一、二九八、一〇〇円の一部であつたこと、本件再更正が本件事業年度に係る確定申告書の法定申告期限である昭和三四年二月末日の翌日から五年を経過する日前である昭和三九年二月二六日付でなされたこと、本件再更正に係る更正通知書がそのころ原告に送達されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

また、〈証拠省略〉によれば、原告が昭和三三年一〇月六日に申立てをした仲裁手続において後記第三レター(第三の三4(一)参照)による請求額を近江絹糸が承認した旨主張したこと、右仲裁手続において原告の右請求を含む請求額自体については争いがなかつたこと、近江絹糸の昭和三一年一一月から昭和三二年四月三〇日にいたる事業年度の買掛金台帳にも、右第三レターによる請求額を含む原告の仲裁手続による請求額一〇一、八四三、九六〇円と近江絹糸のクレーム請求額のうち原告が後になつて承認した四、四〇九、九二三円との合計額一〇六、二五三、八八三円の記載があることがそれぞれ認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はないから、これらの事実によれば、近江絹糸は原告の第三レターによる請求額一九、九五五、七八三円を昭和三一年末から昭和三二年初めころにすでに承認し、原告も右仲裁手続の申立てをしたところにはすでに右承認の事実を知つていたものと認めるのが相当である。もつとも、〈証拠省略〉を総合すれば、西村貞蔵は、同人が右の仲裁手続において仲裁裁判所に提出した供述書により、同裁判所に対し、原告の第三レターによる請求額は近江絹糸において承認ずみのものではない旨述べたことが認められるけれども、右は仲裁手続における近江絹糸の立場を有利にしようといういわばかけひきのために述べられたものにすぎないというべきであるから、上記の認定を妨げるに足るものではない。

2  以上の事実に基づいて検討するに、一般の経理慣行によればすべての取引を正規の簿記の原則に従い財務諸表によつて必要な会計事実を明瞭に表示すべきであるから、特段の事情の認められない本件においても右一般の慣行に従がつて経理がなされるのが相当であるところ、原告は、八四、一九八、一一八円の賠償見返経費を計上し、また、前叙のように売上高の一部を控除し、もしくは計上しなかつたのであるから本件事業年度においては、恣意的作為的な経理処理をし、その事実に基づいて本件事業年度の法定申告期限である昭和三四年二月二八日までに法人税の確定申告書を提出し、もつて納付すべき正当法人税額を過少ならしめてその不足税額を免れたといわなければならず、右は、国税通則法七〇条二項四号の「偽りその他不正の行為」により法人税を免れた行為に当ると解するのが相当である。したがつて、原告の前記主張は理由がない。

二  つぎに、原告は本件再更正の通知書には理由付記の不備の違法があると主張するので、この点について判断する。

1  原告が青色申告法人として昭和三四年二月二八日付で提出した原告の昭和三三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(本件事業年度)の法人税について所得金額一二、七七一、〇〇〇円、法人税額三、六七三、二三〇円である旨の青色申告書を提出した(本件確定申告)こと、本件再更正の通知書に付記された理由が「加算 近江絹糸株式会社加古川工場スフ製造設備建設に伴う売上計上洩二二、〇五五、七六五円、除算 同上建設に伴う工事原価(近江絹糸負担にかかる改修費について日本レーヨンの負担せる金額)の認定損四、四〇九、九二三円、差引 一七、六四五、八四二円」であつたことは当事者間に争いがない。

2  ところで、法人税法(昭和四〇年法律三四号による改正前のもの)三二条は「政府は、青色申告書を提出することができる法人の青色申告書を提出した事業年度分について、国税通則法第二四条又は第二六条の規定による更正をなす場合においては、その更正に係る同法第二八条に規定する更正通知書にその理由を付記しなければならない」と規定しているが、右は課税庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意性を抑制するとともに更正の理由を相手方に知らせて不服申立てをするための便宜を与えるためのものであるからその更正の理由の記載を欠き又はその記載が不備であるときは処分自体が違法であり取消しを免れないというべきである。そして、この場合においてどの程度の記載をすべきかは、右の規定の趣旨目的にてらして決すべきところ、同条の趣旨目的は、一般に納税義務者の申告に対し更正するに当たつて申告を正当でないとする何らかの理由がなければならないが、青色申告でない場合には納税義務者は記帳義務を負わず、したがつて申告の計算の基礎が明らかでない場合もあるべく更正も課税庁の推計によるよりほかない場合もあろうが、しかし青色申告の場合には、もし帳簿の全体について真実を疑うに足りる不実の記載等があつて青色申告の承認を取り消す場合は格別、そのようなことのない以上、更正は、帳簿との関連において、いかなる理由によつて更正するかを明記することを要するというにあると解されるから、更正の理由として記載すべき程度は、帳簿との関連において、いかなる理由によつて更正するかを明記することを要するというべきである(最高裁判所昭和三八年一二月二七日判決民集一七巻一二号一八七一ページ参照)。

3  そこで本件についてみるに、本件再更正の通知書に再更正の理由として記載された内容は、前示のとおり、「加算1 近江絹糸株式会社加古川工場スフ製造設備建設に伴う売上計上洩二二、〇五五、七六五円除算1 同上建設に伴う工事原価(近江絹糸負担にかかる改修費について日本レーヨンの負担せる金額)の認定損四、四〇九、九二三円差引 一七、六四五、八四二円」であつて、右の理由の記載によつて、原告の帳簿中には近江絹糸の加古川工場のスフ製造設備建設に伴う売上計上洩れが二二、〇五五、七六五円あつたこと、および右建設に伴い近江絹糸の支出した改修費のうち原告の負担に帰せられるべきものとして工事原価四、四〇九、九二三円を認め、差引き一七、六四五、八四二円を利益に加算したことが明らかである。すなわち、原告の近江絹糸株式会社加古川工場スフ製造設備の建設が本件契約に基づいて行われたことは後記第三の三(2) のとおりであつて、本件再更正に係る更正通知書に記載された右「近江絹糸株式会社加古川工場スフ製造設備建設に伴う売上計上洩二二、〇五五、七六五円」は本件契約に基づく売上代金で本件事業年度の売上高として計上すべき金額のうち右二二、〇五五、七六五円だけ計上されていなかつたために右金額を益金の額に加算し、右加算にともなつて右加算した金額に対応する本件契約の請負工事原価四、四〇九、九二三円を損金の額に算し、その控除残額一七、六四五、八四二円を利益に加算して本件再更正をしたことを明らかにしているというべきであるから、右記載は帳簿との関連においていかなる理由によつて本件再更正を行つたかを具体的に明記したものと認めるを相当とする。したがつて、原告の前記主張は採用しがたい。

三  原告は、本件事業年度における本件契約の請負代金が不確定であるから売上高として九五九、一九八、一一八円を、賠償金見返経費として八四、一九八、一一八円をそれぞれ計上したことは一般の経理の慣行としても、また、法人税法の上においても認められるべきであると主張し、被告らは、本件契約の請負代金の全額である九八一、二五三、八八三円を本件事業年度の売上高として計上すべきであり、また、賠償金見返経費については債務が確定していないから認められない旨主張するので、さらにこの点について判断する。

1  (事実の経過)

本件事業年度における法人税の確定申告において本件契約に基づく売上高として金九五九、一九八、一一八円を計上し、八四、一九八、一一八円を賠償金見返経費として計上したことは当事者間に争いがなく、本件更正において賠償金見返経費八四、一九八、一一八円を否認して本件更正を行つたこと、および本件再更正において右売上高として計上した九五九、一九八、一一八円と本件契約の売上高総額九八一、二五三、八八三円との差額二二、〇五五、七六五円から原告が仲裁裁決に先だち近江絹糸のクレーム請求を認めた額四、四〇九、九二三円を控除した残額一七、六四五、八四二円について本件再更正(所得金額一一五、五三一、四一七円)を行つたことは、原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

2  (本件契約)

(一) 原告および新三菱重工株式会社と近江絹糸との間において昭和二九年二月三日付書面(以下「契約書」という。)をもつて本件契約が締結されたこと、および本件契約が近江絹糸加古川工場におけるスフ製造設備の建設に関するものであることは当事者に争いがなく、〈証拠省略〉ならびに弁論の全趣旨を総合すると、本件契約は、イ近江絹糸は、兵庫県加古川において日産一五トン(メートルトン)の最低限度能力を有し窮極的に日産六〇トンの能力に拡大せられる設備の準備のある工場(以下「計画工場」という。)を建設し、かつ、運営することを希望し、本件に関しレイコンのサービスを求めようとするのである、ロ、レイコンは、化成繊維部門において専門家陣をもち、かつ近江絹糸に対し機械設備の図面、計画工場建設ならびに運営に必要な情報および技術的サービスを供給することを希望し、かつその能力を有している、ハ、訴外新三菱重工業株式会社は、レイコンの設計にかかる設備を製造する協定をレイコンとの間に有し、その設備を計画工場に供給する能力を有するという条件のもとに締結されたものであること、本件契約によれば、レイコンは、近江絹糸に対し契約書別紙Aに掲記する工程機械および設備をその在日代表たるアメリカン・トレーデイング会社を通じ兵庫県加古川の工場敷地にもつとも近いFOB渡しをもつて販売し、かつ近江絹糸はこれを購入する旨を定め(契約書第一章)、近江絹糸に対し特に別に規定されないかぎりレイコン自身の費用をもつてできるかぎり迅速、かつ誠実に(A)工場建設の設計建屋に必要な工程および補助設備の配置、所要作業面積、柱間距離、床上重量、天井の高さ、原液薬品、電気、水道、ガス等の取付排給関係およびその他必要な情報等を示した計画工場の設計図面、(B)作業に関する指示一切詳細な各単位行程および電気、ガス等の流動式説明図面、工程作業管理に関する諸標準とともにス・フ生産に必要な製造工程の詳細な説明、(C)契約書別紙AおよびBに掲記するところの計画工場の運転および保全設備に必要な全行程と補助設備の量および仕様を含む詳細なリスト、(D)本件設備ならびに機械の据付、運転、保全に必要であるべき工程と補助設備の組立図面ならびに配置、(E)工程、機械および設備の据付運転に要する設備、土台工程およびサービスに要する配管、配電、給気、排泄組織などの詳細な図面および原材料諸表、(F)電気、蒸気水、圧搾空気およびその他電気、水道、ガスなどの明細な所要予定表、(G)技師二名(うち一名は約四ヶ月間設計の詳細を監督し、他の一名は約八ヶ月間工場設計および建設期間中企画技師として詳細な設計を補佐し、日本において購入すべき設備の仕様を決裁し、工場建設期間中設備と資材の据付を検査する)および工場技師二名(約三ヶ月間各々初期の運転を監督し近江絹糸職工の訓練を援助する)を供与し、ス・フ生産に要する工程機械と据付設備の運転に関連するものとし、また、レイコンは、建物自体の設計に対してはなんら責任を負わず(ただし右の(A)および(E)に規定する範囲を除く)、実際の製造以外の目的のために使用せられる設備または地域の設計、建設、据付、保全、運転などについも、責任を負わないものとする旨を定め(契約書第二章)近江絹糸は、その費用によりできるだけ迅速かつ誠実にa、前記(A)に記載した設計図面および(E)に記載した詳細な図面を作成するためにレイコンが合理的に要求すべき計画工場の敷地ならびに水、原材料、電力などの供給源に関する情報を供給する、b、建設に先き立ち計画工場の建屋の建築図面と設計の最終案を作成しこれをレイコンに交付してその承認を求める、右は、工程機械と設備の据付と運転のために充分な手配の完了したことをレイコンに確認させようとするための目的をもつてこれを行なうものである、c、計画工場を建設し、レイコンが承認した、あるいは必要に応じて契約書第二章の規定によりレイコンが供給する設計、仕様、指令に厳格にしたがつてすべての工程機械および設備、土台、配管、配線その他の施設を据え付ける(右の据付けに当つては、優良な作業水準をもつて良質かつ用途にかなつた原材料の使用を要する。また、かような用途に要するすべての原材料設備、工具、労働力を供給しなければならない。ただし契約書別表Eに掲記した設備はこれに含まれるが契約書別表Aに掲記する工程機械と設備ならびに契約書第二章に規定した人員は除く)d、契約書第二章によりレイコンが供給することのある仕様書にしたがつて原材料化学薬品、燃料、電力と水などを不断にかつ十分に供給するよう手配する、e、レイコンの勧告にしたがつて計画工場の運転のため必要な労務者と技術員をあらゆる時において雇用し、または雇用可能の状態に置く、f、その義務を履行し、かつ本契約書に定められた支払いを完了するにあたつて必要とされる日本政府あるいは正当な執行権限を有する関係官庁の認可、承認書類を取得する旨を定め(契約書第三章)、代金の支払いに関し、右の契約書および第二章のレイコンの義務履行に対して近江絹糸はレイコンまたはその指定人に対し、(a)契約書第一章によりレイコンの供給する設備および機械に対し総額九一〇、〇〇〇、〇〇〇円を分割支払いの方法によつて現金で支払うが、価格は納入期日において妥当とみなされる製造者価格にしたがつて調整する、(b)契約書第二章に規定した役務に対し米価七五、〇〇〇ドルを分割支払いの方法で電信送金により支払う、(c)契約書第二章(E)に規定された詳細な設計の仕事の日本円による実費および契約書第二章(c)に規定された近江絹糸の企画に従事するレイコンの技術者の日本国内における旅費および生活費を支払う、(d)もし近江絹糸が契約書第二章に規定した時期と数を超過した人員の役務をレイコンに要求したときは近江絹糸はこのような役務の提供される時あるいは事前に関係契約当事者によつて相互に同意されうるような時期、場所、通貨、金額により支払いをする旨が定められている(契約書第五章)こと、およびレイコンの近江絹糸に対する権利義務が原告に承継されたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。

(二) ところで、ノーハウとは、一応、工業の生産過程において必要な技術上の知識および経験であつて、外部に対して秘密とされているものをいう、と解されるが、他方では、「特別の技術による生産方式及びこれに準ずるもの」をいうものとも解され、(所得税法(昭和四〇年法律三三号による改正前のもの)一条三項六号参照。)右の「特別の技術による生産方式及びこれに準ずるもの」とは、特許権、実用新案権、商標権、意匠権等の工業所有権にはいたらないが、生産その他事業に関し繰り返し使用し得るまでに形成された技術的または美術的思想の創作、すなわち、特別の原料、処方、器具、工程等による等独自の考案または方法を用いた生産についての方式およびこれらの生産方式にいたらない程度の秘けつ秘伝その他特別の技術的価値を有する知識および意匠等をいうのであつて、通常ノー・ハウと呼ばれるものはもちろん、機械設備等の設計および図面等に化体された生産方式、デザインもこれに含まれると考えられ(昭和三八年九月一四日直審(源)六六国税庁通達および昭和二七年直所一-六六国税庁通達ならびに昭和二九年直法一-二二六国税庁通達参照。)ており、また外資に関する法律においては「工業所有権その他の技術に関する権利の譲渡、これらに関する使用権の設定、工場経営に関する技術の指導その他主務大臣の指定するもの」を同法上「技術援助」といい、(同法三条一項三号)右に「工業所有権その他の技術に関する権利」の譲渡または使用権の設定には、特許権の譲渡または実施許諾、それに附随する商標権の使用許諾、および「ノー・ハウ」の譲渡または実施許諾を含み、また、「工場経営に関する技術の指導」とは、外国人技術者を招聘して技術指導をうけまたは日本人技術者を海外に派遣して実習させることを意味し、その他主務大臣の指定するものとして、農林水産業、鉱業、建設業、製造業等の「企業または事業所経営に関する技術の指導」が指定されている(昭和二五年外資委員会告示第五号「外資法第三条一項第三号の規定に基く技術援助指定」)のであるが、以上によれば、本件契約書第二章所定の約定が、ノー・ハウを含むス・フ生産に関する技術等の役務の提供を内容としていることは明らかである。他方プラント類輸出促進臨時措置法(昭和三四年法律第五八号)によれば、同法において「プラント」とは、「鉱工業生産設備……又は政令で定めるこれらに類する設備若しくは施設であつて一の機能を営むために配置され又は組み合わされた機械、装置又は工作物の総合体をいう。」とされ(同法二条一項)、同法施行令(昭和三四年政令第一九五号)は、同法二条一項の「政令で定める」設備または施設として、石油の貯蔵又は輸送施設と蒸気供給設備を定めた(同令一条)が、日本輸出入銀行法(昭和二五年法律第二六八号)、設備輸出為替損失補償法(昭和二七年法律第一六一号)は、それぞれいわゆるプラントを同法の「設備」に含ませているものと解されるのであつて、これらの規定するところによれば、本件契約書第一章所定の売買がいわゆるプラントの売買に関するものであることも明らかといわなければならない。プラントの売買に関する契約と、ノー・ハウを含む技術等の役務の提供を内容とする契約等があわせて締結される場合において、これらの契約が相互に如何なる関係にたつか、あるいはこれらの契約に基づく当事者の契約関係をいかに理解するかは、当該契約の内容全体を仔細に検討してなされなければならない事柄であつて、民法に規定された典型契約のいくつかのものが併存し、あるいは混合的に存在しているものとは必ずしも解されない場合もあり、事案によつては、原告主張のように契約全体が一体となつた一個の特殊の請負契約とみるべき場合、あるいは当事者間において単に約定の内容にしたがつた債権債務関係を発生させる一個の無名契約が締結されているにすぎないものとみとめられる場合もありうると考えられるが、本件契約の場合においては、本件契約書第一章が明らかに販売と購入の関係を規定し、その第四章は第一章の代金の支払いに関する(A)の規定と第二章に規定した役務に対する代金支払いに関する(B)(C)(D)の規定とを区別していること、契約書第二章と第三章とによれば契約書第一章によつて近江絹糸が買い受けた工程機械および設備については原告は契約書第二章によつて供給する(A)の設計図面、(B)の設計図面、説明、(C)のリスト(D)の組立図面ならびに配置(E)の図面および諸表、(F)の予定表に基づき、(G)の技師二名による監督、補佐、決裁、検査を行ないつつ、近江絹糸の供給する情報、工場および施設とあわせてス・フの製産工場の建設という結果を実現する義務を負うものであることが認められる。(本件契約における原始契約と第一、第二、第三レターによる補充契約および代金の関係については後述する)。

3  (賠償金見返経費八四、一九八、一一八円の否認)

本件事業年度の法人税の確定申告において本件契約に基づく売上高として金九五九、一九八、一一八円を計上し、八四、一九八、一一八円を賠償金見返経費として計上したことは前示のとおり当事者間に争いがなく、右賠償金見返経費として計上した。八四、一九八、一一八円は近江絹糸の原告に対するクレーム請求に引き当てたものであることは、原告の自陳するところである。

ところで、原告は、右の経理は長期請負工事の場合の損金の計算方式として企業会計上の原則としても一般に是認されている妥当な会計処理であり、法人税法上においても許容されるべきであると主張するところ、右の賠償金見返経費として計上した八四、一九八、一一八円は原告において近江絹糸のクレーム請求を認めたものでもないから、結局予想損失の見積り計上をしている、かまたは損失見込額の引当てをしたとみられるが、右のように任意の金額を各事業年度の所得の金額の計算上、損金として計上し、あるいは任意の金額を引当金勘定として計上することは、法人税法上も一般に妥当と認められる会計処理の上でも認められていない。なるほど昭三五直法一-六〇国税庁通達は、請負による損益につき第二の一二において、建設業者等が建設工事等を完成して引き渡した場合においては、その工事収入または工事原価が確定していないときにおいても、その引渡しの日を含む事業年度終了の日の現況により、それぞれその金額を適正に見積り計算するものとし、この場合において、その後確定した工事収入または工事原価が見積額と異なるときは、その差額は、その確定した日を含む事業年度の益金または損金に導入する、と述べているが、本件における原告の損益計算が右通達にいう適正に見積り計算されたうえのものと認めることは困難である。そして原告の右の経理処理が未決賠償金を負債性引当金として経理したものとみても未確定負債について企業がこれを引当金に見積り計上することを法人税法が一般的に是認していない。また、一般に公正妥当と認められる会計処理においても自からその請求を認めて債務の確定しないものを損金として計上しまたは将来生ずるであろう負債で、しかもその金額の確定しないものを引当金として計上することは認められていないところであるから、原告の右主張は理由がない。

したがつて、右の損金処理がなされた八四、一九八、一一八円を否認し、これを所得金額に加算してなした被告署長の本件更正およびこれと同趣旨の理由でこれを維持した本件再更正も妥当である。

4  (売上高九八一、二五三、八八三円の認定)

(一) ところで、〈証拠省略〉と弁論の全趣旨を総合すると、本件契約は、一九五四年二月三日付当初契約書に基づく契約(原始契約)のほかに、一九五四年一一月二四日付レター第五八号(第一レター)、一九五五年六月二七日付レター第一二四号(第二レター)および一九五六年一二月一七日付レター第八五号(第三レター)の各レターによる各々の契約(右各レターによる補充契約は近江絹糸に発生したストライキと用地買収遅延による一部工程機械と設備の原価、代金の増大、および近江絹糸の希望に基づくそれらの追加または削除と規模の拡張に伴うそれぞれの代金の調整に関するものである)からなるものであり、本件契約に基づく契約代金は、原始契約に基づくもの九一〇、〇〇〇、〇〇〇円、第一レターに基づくもの三二、四五九、四四〇円、第二レターに基づくもの一八、八三八、六六〇円、第三レターに基づくもの一九、九五五、七八三円で契約代金総額は九八一、二五三、八八三円であること、本件契約により建設された近江絹糸加古川工場のス・フ製造設備は昭和三一年暮あるいは昭和三二年一月にはすでに原告から近江絹糸に引き渡され稼動を開始したこと、および昭和三二年一月ごろには本件契約の所期の目的である契約書第六章所定の商品性ス・フ日産一五メトリツクトンに達して原告から派遣された技師が右加古川工場から引き上げたことが認められ、〈証拠省略〉中近江絹糸としては契約どおりの給付を受けなかつた旨の供述部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はないからしたがつて、以上認定の事実によれば、前記認定の原始契約における売買契約と請負契約に基づく原告の近江絹糸に対する義務ならびに第一、第二、第三の各レターに基づく補充に基づく原告の近江絹糸に対する給付義務は履行し終つたものと認むべく、したがつて原告の近江絹糸に対する本件契約に基づく代金債権は、すべて本件事業年度(昭和三三年一月一日から同年一二月三一日まで)終了の日までにはすでに確定していたものといわなければならない。

(二) 原告は、本件契約が特殊の請負契約であり、工場の建設完了だけではその代金債権は確定せず近江絹糸において単独で日産一五メトリツクトンの商品性ス・フを生産しうるにいたるまで右債権は未確定である旨主張するが、右認定に徴し採用しえない。また、原告は、近江絹糸のクレーム請求については当時原告との間において争われていたのであるから、右クレーム請求額に対応する原告の工事代金債権は近江絹糸のクレーム請求と相殺される恐れのあるものであるから、これを未決算勘定として処理し確定年度まで繰延整理することが企業会計上の原則として一般に是認されている旨主張するが、前記認定のとおりすでに近江絹糸に対する代金債権は確定しているのであり、近江絹糸の原告に対するクレーム請求権は未確定のものであるから、これを相殺して未決算勘定として処理するのは前記のとおり一般に公正妥当と認められる会計処理の上において認められないところである。したがつて原告の主張は正当でないといわなければならない。

5  (原告の認めた近江絹糸のクレーム請求九、〇九一、三〇八円の期間帰属)

(一) 近江絹糸の原告に対するクレーム請求額一五五、八九二、九〇〇円のうち九、〇九一、三〇八円が昭和三七年九月二七日仲裁裁決によつて認められ、原告の請求額と対当額で相殺されたことは当事者間に争いがないところ、原告は、本件事業年度の売上金として計上した九五九、一九八、一一八円からこれを減額すべきである、もし、本件事業年度において右減額が認められないときは原告が本件契約を実施するために設立されたものであるためこれを利益から控除する機会を失うこととなり不当であると主張するが、しかし、叙上のとおり右仲裁裁決によつて九、〇九一、三〇八円について近江絹糸のクレーム請求が認められたのは昭和三七年九月二七日であるから右の九、〇九一、三〇八円を原告の昭和三七年九月二七日の日を含む事業年度の損金として当該事業年度の所得の金額の計算控除するは格別、本件事業年度の売上高から控除しまたは本件事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入することは許されないといわなければならない。なお、右の九、〇九一、三〇八円を本件事業年度において控除しないときは控除する機会を失うこととなり、不当である旨主張するけれども損失の発生した事業年度あるいはその後の事業年度において控除するに足りる所得がなかつた等の理由で右損失を控除することがきでない結果となつたからといつて、期間計算に基づいて所得金額を計算する税法の建前からやむをえないところであつて、これをもつて不当ということはできない。

第四結論

以上の次第で、原告の被告局長に対する訴えはいずれも不適法として却下すべく、原告の被告署長に対する主位的請求および予備的請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 高林克巳)

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